がん免疫療法コラム
RNAスプライシング制御が拓く次世代のがん治療
がん免疫治療において、オプシーボを初めとするチェックポイント阻害薬は、画期的な治療薬です。しかしながら、奏効しないがん患者が多数を占めており、新たな治療薬、治療法が求められています。今回は、最新の研究からがん免疫治療に関する次世代の治療アプローチについて紹介します。
がん治療の効果を上げる次世代の免疫アプローチ
がんに対する免疫治療の有効性を示した研究が「Science」誌、「Science Translational Medicine」に掲載されて注目を集めています。本誌は臨床研究への応用に焦点をあてており、患者の生活改善に向けた研究報告を行っています。今回紹介する研究では、遺伝子疾患向けの低分子薬を応用したがん治療の効果に加え、チェックポイント阻害薬との併用による劇的な治療効果を示しています。近い将来、難治のがん患者を救える可能性を秘めた研究成果です。
【オプジーボなどの免疫チェックポイント阻害薬についてはこちら】
がん治療に自己免疫のT細胞
私たちの免疫細胞であるT細胞は、がん治療に対して重要な役割を担っています。T細胞はがん細胞へ特異的に発現している目印(ネオ抗原)を認識することで、がん細胞への攻撃を可能にしています。この攻撃こそ、がん治療に必要不可欠です。
がん細胞への攻撃を高精度かつ高頻度に
がん細胞への攻撃応答性を高める仕掛けとして、がん細胞に発現するネオ抗原の発現量や多様性を増加させる戦略があります。目印が増えることでT細胞は、がん細胞を狙い撃ちしやすいため、がん免疫療法の効果を劇的に高められる可能性があるためです。それを可能にしたものが今回紹介するmRNAスプライシングの制御技術であり、低分子化合物「RECTAS」です。
RNAスプライシングと疾患
RNAスプライシングとは、DNA遺伝情報がmRNAに転写される際、不要部分を切り離し、再度つなぎ合わせる分子的な編集作業のことであり、タンパク質の多様性に深くかかわっています。遺伝子が正しく機能する上で重要なプロセスであり、スプライシング異常をきたすと、がんや遺伝子疾患の原因になることが報告されています。
スプライシング制御を行う化合物「RECTAS」
研究グループでは、遺伝子疾患治療を目標に、mRNAスプライシング異常を是正する低分子化合物の研究開発を行ってきました。分子生物学的な解析から発見されたスプライシング制御薬が今回の「RECTAS」です。
ネオ抗原の発現増強が担がんマウスで劇的な治療効果
研究は、大腸がん細胞を移植した担がんマウスで実施されました。RECTASを投与したところ、マウスの大腸がん増殖が抑制、延命効果が観察されました。がん細胞の増殖抑制には、T細胞の腫瘍免疫による応答効果が寄与しています。そのため、がん細胞におけるネオ抗原の産生増強がT細胞の応答性に関与していることが示唆されました。
遺伝子の転写産物を調べるトランスクリプトーム解析からわかったのは、RECTAS投与が新たに6種のネオ抗原の発現誘導を引き起こしていることでした。
多様ながん腫とチェックポイント阻害薬による相乗効果
興味深いのは、RECTASで誘導された6種のネオ抗原は、各種マウス腫瘍に共通して誘導されていたことです。つまり、今回の大腸がんだけではなく、多様ながん腫に対しても同じような治療効果が期待できるかもしれません。
また、RECTASとチェックポイント阻害薬(PD-L1抗体)を併用した実験結果からは、同じくマウスの大腸がん増殖がより顕著に抑制されており、チェックポイント阻害薬との相乗効果が確認されました。
チェックポイント阻害薬はがん治療に対する万能薬か?
チェックポイント阻害薬は末期がん患者をも救済する画期的な治療薬のため、がん治療戦略の第一選択肢となりつつあります。従来よりも高い奏効率であるのは確かですが、奏功するガン患者の割合は3割程度です。この現状に対し今回の結果は、RECTASがチェックポイント阻害薬のがん治療効果を高めるだけでなく、ネオ抗原の誘導によってワクチン療法の有効性も実証しました。
臨床応用:近い将来にがん患者へ
RECTASは当初、遺伝子疾患の治療薬として開発され、副作用はほとんどありません。臨床応用には、人のがん細胞で誘導されるネオ抗原の特定がまず第一歩でしょう。人においても同じような効力が確認されれば、多様な悪性腫瘍に対する効果も期待できます。近い将来、チェックポイント阻害薬を組み合わせた効果的ながん治療法が確立される日も近いかもしれません。
参考文献
Matsushima et al., SCIENCE TRANSLATIONAL MEDICINE 30 Vol 14, Issue 673 (2022) https://doi.org/10.1126/scitranslmed.abn6056
Ajiro et al., Nature Communications volume 12, Article number: 4507 (2021) https://doi.org/10.1038/s41467-021-24705-5