がん免疫療法コラム
「がん免疫編集」という考え方 【「がん」の対抗策】 《Part.3》
前回は「免疫」の攻撃について見ましたが、今回は「がん」の逆襲です。まず、「免疫」から逃れ、そして逆に「免疫」を押さえつけてしまいます。その方法を見ていきましょう。
■平衡相《免疫から隠れる》
「排除相」で機能する自然免疫と獲得免疫によって「がん細胞」は駆逐されますが、残念ながら完全に「がん細胞」を駆逐することが出来ていない現実があります。免疫原性の低い、つまり「免疫」に対する活性を高めないようにしている「がん細胞」は、その攻撃から逃れてしまうことがあります。
具体的には、「がん抗原」を隠してしまう「雲隠れ」的な戦術を採ります。「がん抗原」は自身が「がん」であることを示す「証」です。この存在が「免疫細胞」を呼び寄せてしまうので、「がん抗原」自身を隠します。または、「がん抗原」を載せる「台」の役割を担っているMHC(主要組織適合遺伝子複合体)の産生を低下させることによって、「がん抗原」を提示しないようにします。そして「がん細胞」は「免疫」の攻撃から逃れ、そのまま生存します。
「がん」の増殖による数の増加と「免疫」の攻撃による数の減少により、数的には丁度釣り合っている状態ですが、「雲隠れ」できない「がん」が減り、「雲隠れ」できる「がん」が増えるため、質的な変化が進行していると考えらます。
■逃避相《免疫を抑制する》
◇「免疫寛容」とは
上記の「平衡相」を経て、「がん」は「免疫監視」から「逃避」することにより増殖します。そして最終的には臨床的に「がん」になります(「がん」と診断)。
「逃避相」とは「がん細胞」が積極的に「免疫」の攻撃から逃れ、増殖する過程を言います。「がん細胞」が「免疫」からの攻撃を抑制するメカニズムを獲得し、「がん細胞」自身の増殖に有利な環境を構築します。その過程で「がん」は「免疫寛容」という仕組みを使って「逃避」を行います。
「免疫寛容」とは、「免疫」が自分自身を攻撃しないようにするシステムのことです。「免疫」の活性が上がった状態が続くと、宿主自身を攻撃してしまい、「自己免疫疾患」が発現することもあります。自分を攻撃しない仕組みが「免疫寛容」であり、その一つが免疫チェックポイント(PD-1、CTLA-4)などの「ブレーキ」です。これが「免疫」を抑制し、不活化します。
◇「免疫寛容」の利用
このように「免疫寛容」は「自己免疫疾患」を防いでおり、生体にとっては不可欠な制御機構なのです。しかし、問題なのは、この機構を「がん」が悪用してしまうことです。免疫チェックポイントの他にも免疫を抑制する細胞「制御性T細胞(Treg)や骨髄由来免疫抑制細胞(MDSC)など」を利用して、獲得免疫系の攻撃の中心であるT細胞を不活化してしまうことが分かってきています(図1)。その過程を通して「がん免疫サイクル」(Vol. 29)を停止させてしまいます。また、それ以外にも生体内の「免疫」の制御機構を使って「免疫」を抑制します。
◇「がん微小環境」の構築
「がん組織」は局所的な免疫抑制の他に、全身的な免疫抑制の2種類を司っていると考えられています(図1)。局所に留まっている「がん組織」が、全身の免疫系に影響を及ぼしていることが明らかになりつつあります。
この「がん組織」はその内部で免疫系、血管系そして間質系とともにネットワークを構築します。血管系は「がん」に栄養補給し、間質系は間葉系幹細胞、がん関連線維芽細胞や血管内皮細胞で構成され、「がん」を取り囲む形で支えています。この「がん組織」の中で構築される「免疫」から逃れるためのネットワークを「がん微小環境」と言います(図1)。「がん微小環境」内の局所だけではなく、全身の「免疫」の抑制にも関わっているのではないかと考えられています。
図1 「がん」による局所および全身の免疫抑制
次回はもう少し詳しく「がん微小環境」について見て行きたいと思います。
参考文献
- 「がん」はなぜできるのか, 国立がん研究センター研究所編, 講談社
- 実験医学増刊 がん免疫療法 腫瘍免疫学の最新知見から治療法のアップデートまで, Vol.34 No.12, p81-93, 2016
- がん免疫.Jp, 3.免疫編集Ⅱ 平衡相~逃避相 http://www.immunooncology.jp/medical/basic/equilibrium-escape.html