がん免疫療法コラム
T細胞疲弊(exhaustion)と再活性化をめぐる最前線
T細胞疲弊は免疫の主力が力を失う現象
人間の体内には、ウイルスやがん細胞を攻撃する「T細胞」と呼ばれる免疫細胞があります。その中でもCD8陽性T細胞は、がんを直接攻撃する主力として働きます。
しかし、がんが体内に長く存在し続けたり、慢性のウイルス感染が続いたりすると、T細胞は長期間ずっと戦い続けることになり、次第に力を失っていきます。この状態を「T細胞疲弊」と呼びます。
疲弊したT細胞は本来持っている攻撃力や増殖する力が弱まり、代わりにPD-1やTIM-3といった“ブレーキ”の役割を持つ分子を多く表面に出すようになります。その結果、免疫の働き全体が弱まってしまい、がんが免疫から逃れやすくなることが知られています。
遺伝子のスイッチが変化による疲弊
近年の研究によって、T細胞疲弊は単なる疲れではなく、遺伝子の変化によって起こるT細胞に対するブレーキによってT細胞疲弊が起きることがわかっています。この遺伝子の変化の中心にあるのが、TOXやNR4Aといった転写因子です。
転写因子とは、細胞の中で遺伝子のON・OFFを調整する役割を持つ重要なタンパク質です。これらの分子が強く働くと、T細胞の内部では攻撃に必要な遺伝子の働きが弱まり、逆にPD-1のようなブレーキ分子を増やす方向に遺伝子のスイッチが切り替わります。
こうしてT細胞は「疲弊した状態」を維持するような構造へと書き換えられてしまい、一度進行すると元に戻りにくくなることがあるとされています。この仕組みが明らかになったことで、免疫チェックポイント阻害薬が効かない患者が存在する理由の一部を説明できるようになってきました。
疲弊したT細胞を再び働かせるための治療
T細胞の疲弊を解除し、再びがん細胞に立ち向かえるようにする治療として最も知られているのが、PD-1/PD-L1阻害薬に代表される免疫チェックポイント阻害薬です。疲弊したT細胞が自らかけているブレーキを一時的に解除し、抑制されていたがんに対する免疫機能を再び呼び起こすことを狙った治療です。
しかし、すべてのT細胞が回復するわけではありません。近年の研究では、T細胞疲弊にも段階があることが分かっており、まだ回復が可能なものと、遺伝子レベルで固定されてしまい回復しにくい末期状態なものが存在すると考えられています。こうした段階の違いが、免疫チェックポイント阻害薬の効きやすさや効きにくさに影響している可能性が指摘されています。このため、今後は患者ごとにT細胞がどのような状態なのかを見極める研究が進むと期待されています。
疲弊そのものを書き換える治療へ
最新の研究では、T細胞疲弊を引き起こす遺伝子スイッチそのものを調整することで、疲弊からの回復を促すアプローチが模索されています。たとえば、TOXやNR4Aの働きを弱めることで疲弊したT細胞の力を取り戻す試みが、基礎研究の段階で報告されています。
がん免疫療法の未来は、T細胞を「どう戦わせるか」だけでなく、「どう回復させるか」という視点へと広がりつつあります。
参考URL
The current state and future of T-cell exhaustion research
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10352049/?utm_source=chatgpt.com
