がん免疫療法コラム
放射線治療と免疫:DNA損傷が導く新たながん治療戦略

放射線治療は「局所治療」だけではない
放射線治療はがん治療の柱として長年用いられています。従来は「がんのある場所を狙い撃つ局所治療」と考えられてきました。しかし近年、放射線照射が全身的な免疫応答を誘導する可能性が明らかになり、治療の概念が大きく変わりつつあります。
鍵を握るのはDNA二本鎖切断
放射線が細胞に与える最も重大な損傷のひとつがDNA二本鎖切断(DSBs)です。この損傷はがん細胞の死を直接引き起こすだけでなく、免疫システムに『異常が発生しました!』と知らせるシグナルとしても機能しています。つまり、放射線がDNAを壊すことで、がん細胞が免疫にとって「敵」として認識されやすくなるのです。
修復ミスがもたらす二面性
がん細胞はしばしばDNA修復の仕組みがうまく働かず、誤った修復(ミスリペア)が頻発します。これはがんの遺伝的不安定性を増幅させ、治療抵抗性の原因ともなります。しかし逆に、このミスによって新しい抗原(ネオアンチゲン)が生まれたり、細胞外へDNAが放出されたりして、免疫細胞ががんを認識しやすくなる効果もあります。まさに「諸刃の剣」といえる現象です。
免疫を刺激する分子の放出
DNA損傷や修復ミスによって誘導されるのは、単なる細胞死ではありません。そこには免疫原性細胞死と呼ばれる現象が含まれています。これは死んだ細胞から免疫を刺激する物質が放出され、T細胞や樹状細胞が活性化される現象です。また、サイトカインやケモカインといった免疫関連分子の産生も促され、腫瘍微小環境を免疫が働きやすい状態へと導いてくれます。
放射線と免疫チェックポイント阻害薬の相乗効果
こうした研究成果は、放射線と免疫チェックポイント阻害薬(ICI)の併用に大きな可能性を示しています。放射線でがんを免疫に「見える化」し、ICIで免疫のブレーキを解除することで、これまで効果が限定的だった治療が飛躍的に改善する可能性があります。実際に臨床試験や動物実験でも、両者の併用による相乗効果が確認されつつあります。
今後の展望 ― DNA修復を制御する治療戦略へ
今回ご紹介したレビューは、放射線治療の免疫効果がDNA損傷とその修復の誤りに大きく左右されることを明らかにしました。今後はDNA修復経路を意図的に操作する薬剤を併用することで、より強力な免疫活性化を引き出す治療法の開発が期待されます。放射線腫瘍学とがん免疫療法を橋渡しするこの研究分野は、まさに新しい治療法開発の「ロードマップ」として注目されています。
参考文献
Qi Liu, et al. Tumor irradiation induced immunogenic response: the impact of DNA damage induction and misrepair. Radiat Oncol. 2025 Aug 21;20(1):133.