がん免疫療法コラム

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卵巣がんにおけるSTAT1β:免疫微小環境を操る新たな分子

STAT1という「司令塔」

がん研究においては、細胞内のシグナル伝達経路がどのように働くか、ということが非常に重要になります。その中でも JAK/STAT経路は、免疫応答や細胞増殖を制御する重要な経路となっています。STAT1という分子は、この経路の中枢を担う「司令塔」と言えますが、実はαとβの2種類のアイソフォーム(型)が存在します。今回ご紹介する研究では、このアイソフォームごとの発現パターンや予後への影響が、がん全般、特に卵巣がん(OV)でどのように異なるのかを詳しく解析しています。

データベース解析で見えてきた発現パターン

研究チームは、インターネット上の大規模データベースを用い、32種類のがんと29種類の正常組織におけるSTAT1の発現を網羅的に調べました。その結果、多くの組織で STAT1αの方が転写レベルで高いことが明らかになりました。しかし、卵巣がん組織や細胞株を実際に調べると、驚くべきことに STAT1βタンパク質が有意に高いという逆転現象が確認されたのです。これは、mRNAからタンパク質への翻訳効率や、タンパク質そのものの安定性がアイソフォームごとに異なる可能性を示唆しています。

免疫環境を変えるSTAT1β

卵巣がんの免疫組織染色などによって、STAT1の発現はCD8陽性T細胞の浸潤を促進すると同時に、がん増殖を支援するM2型腫瘍関連マクロファージ(M2-TAMs)を抑制することが明らかになりました。つまり、STAT1は腫瘍免疫環境を「抗腫瘍型」にシフトさせる働きを持つことが示されたのです。特にβアイソフォームは、この効果を強く発揮していることが分かりました。

予後を改善する「保護因子」としてのSTAT1β

また多変量解析の結果、STAT1βは卵巣がんにおける独立した予後良好因子でもあることが分かりました(ハザード比0.74, p<0.05)。さらに、免疫スコア解析においてもSTAT1βの方がSTAT1αより強い相関を示すことが判明しました。また媒介分析では、STAT1βが予後を改善する仕組みとして、

  • T細胞の機能不全を軽減(5%寄与)
  • M2-TAMsの浸潤を抑制(1%寄与)

といった免疫環境の調整作用が明確に確認されました。

分子メカニズムの可能性

この背景には、免疫チェックポイントである PD-1/PD-L1シグナルの調整や、マクロファージ分化を促すCSF1依存的シグナルの転写干渉が関わっている可能性が指摘されています。つまりSTAT1βは、腫瘍細胞だけでなく、免疫細胞のふるまいに直接影響を与え、腫瘍微小環境全体を「がんと闘いやすい場」に作り替えていると考えられます。

今後の展望 ― アイソフォームを狙った精密医療へ

今回の成果は、同じSTAT1でもアイソフォームごとに機能が大きく異なることを明確にした点で意義があります。とりわけSTAT1βは、卵巣がんの予後改善に重要な役割を果たしている可能性があります。今後は、STAT1βを特異的に検出できる診断ツールの開発や、この分子を標的にした新しい免疫療法の検討が期待されます。がん治療が「一律の分子を狙う時代」から、「分子のサブタイプごとに最適化する精密医療の時代」へ進んでいく、その一歩を示す研究といえるでしょう。

参考文献

Ning Lan, et al. STAT1β modulates the tumor immune microenvironment to improve prognosis in ovarian cancer a comprehensive study of transcriptional and protein expression differences. J Ovarian Res. 2025 Aug 23;18(1):192.

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