がん免疫療法コラム
肝細胞がんの進行を左右するCD24:免疫環境を操る新たな分子
肝がん治療の難しさ
肝細胞がん(HCC)は世界的に患者数の多いがんの一つです。しかし治療の難しさは「がん自体の強さ」だけではありません。肝がんの周囲には「免疫抑制性の腫瘍微小環境」と呼ばれる特殊な環境が広がり、体の免疫細胞が本来の力を発揮できない状態となっています。これにより、抗がん剤や免疫療法が十分に効かないケースが多く、治療成績の改善が長年の課題となっています。
注目される分子「CD24」
今回紹介する研究チームが目をつけたのは「CD24」という分子です。CD24は細胞表面に存在し、免疫反応に深く関わることが知られています。今回の研究では、バイオインフォマティクス解析を用いて、肝がんにおけるCD24の発現量や病気の進行との関連が調べられています。その結果、CD24ががんの進展に重要な役割を担っている可能性が浮かび上がってきました。
好中球を呼び寄せる仕組み
さらに今回の研究によって、CD24が肝がん組織に「好中球」という免疫細胞を呼び寄せていることが分かりました。本来、好中球は感染や炎症から体を守る細胞ですが、がん組織に入り込むと「腫瘍随伴好中球(TANs)」に変化します。今回の研究では、CD24がこのTANsを利用し、がんの成長を後押ししていることが明らかになりました。
乳酸がカギを握る
ではCD24はどのようにしてTANsを変化させているのでしょうか?研究の結果、CD24が肝がん細胞からの乳酸分泌を促進していることが判明しました。乳酸は単なる代謝産物と思われがちですが、実は免疫細胞の働きを抑えたり変化させたりする重要な物質です。CD24が乳酸を増やすことで、好中球ががんを助ける役割に変わり、がんの進行が加速するという仕組みが徐々に明らかになってきました。
治療薬ソラフェニブとの関係
肝がんの治療薬としてよく使われる「ソラフェニブ」ですが、効果が十分でない場合も多くあります。今回の研究では、CD24を標的にするとソラフェニブに対する感受性が高まることも明らかになりました。つまり、CD24を抑えることでTANsの蓄積を減らし、薬の効き目を引き出すことができる可能性があるということです。これは現行治療の効果を底上げする有力な戦略になります。
今後の展望 ― CD24を狙った免疫療法へ
今回紹介した論文は、『CD24が肝がんの進行に深く関わっていることを分子レベルで示した』という点で大きな意義があります。CD24を標的とした治療法が実現すれば、免疫抑制環境を打破し、既存の薬剤との組み合わせで治療効果を飛躍的に高められる可能性があります。今後は動物実験や臨床試験を通じ、安全性や有効性を確認することが必要ですが、CD24をめぐる研究は、肝がんに対する新しい免疫療法の道を開く大きな一歩となることが期待されます。
参考文献
Jun Wang, et al. CD24 recruits tumor-associated neutrophils to promote the progression of hepatocellular carcinoma. J Immunother Cancer. 2025 Aug 21;13(8):e012118.