がん免疫療法コラム
全がん種解析が示すPKM2の新たな可能性
背景
がん細胞は通常の細胞と異なり、代謝の仕組みを大きく書き換えています。その代表的な現象が「解糖系の亢進」です。ピルビン酸キナーゼM2(PKM2)は、解糖系における重要な酵素であり、がん細胞の異常なエネルギー供給を支える中心的な役割を担っています。これまでPKM2は、特定のがん種における発生や進展に関与することが知られていましたが、全がん種にわたる網羅的な解析は行われていませんでした。
今回ご紹介する研究では、複数の大規模データベースを用いて、PKM2の発現、予後との関係、エピジェネティクス、免疫浸潤、免疫チェックポイント、薬剤感受性との関連を網羅的に解析しております。
PKM2とは
大規模な解析の結果、PKM2は多くの悪性腫瘍において著しく発現が亢進していることが明らかになりました。さらに、PKM2の高発現は、しばしば不良な予後と関連しており、PKM2ががんの悪性化に寄与している可能性が示唆されています。
また、一部のがん種では、PKM2遺伝子プロモーター領域のDNAメチル化低下が認められています。このエピジェネティックな変化もPKM2高発現の一因となっている可能性があります。
エピジェネティクスとm6A修飾
さらに、PKM2の発現は、RNA修飾の一種であるm6Aメチル化関連遺伝子の発現と強く正の相関を示すことが明らかになりました。これは、PKM2がエピジェネティックなレベルでもがん細胞の性質に影響を及ぼしている可能性を示唆しています。
こうしたデータは、PKM2が単なる代謝酵素ではなく、エピジェネティクスと代謝、そしてがんの悪性形質の間をつなぐ重要な役割を果たしていることを示唆しています。
PKM2とがん免疫環境
PKM2の機能解析では、免疫系の調節、解糖、低酸素応答、血管新生、上皮間葉転換など、がんの進展に関わるさまざまな生物学的プロセスとの関連が浮かび上がっています。
特に注目すべきは、PKM2の発現が、腫瘍微小環境における好中球やがん関連線維芽細胞との正の相関を示した点です。これらの細胞は、がんの増殖や転移、免疫抑制に深く関わっていることが知られており、PKM2が腫瘍免疫環境を形成・維持する上でも重要な役割を果たしている可能性が浮かび上がっています。
また、PKM2は、免疫チェックポイント分子であるCD274(PD-L1)、CD276、TGF-β1、VEGFA、HAVCR2などと高い相関を示しています。これらはいずれも、がん細胞が免疫系から逃れるために活性化する分子群であり、PKM2ががんの免疫逃避機構にも関与していることが示唆されます。
PKM2と薬剤耐性
さらに実験的検証により、PKM2を発現抑制することで、食道扁平上皮がんにおけるシスプラチン耐性を低下させられることが分かりました。この現象は、PKM2がオートファジーの調節を介して化学療法耐性に関与していることを意味しています。
すなわち、PKM2がオートファジーを制御することで、がん細胞が抗がん剤のストレスに耐えるメカニズムを作り出している可能性が高いのです。これは、PKM2を標的とした治療が、従来の化学療法の効果を高める新たな戦略になり得ることを示唆しています。
まとめ
今回の全がん種解析により、PKM2はがん代謝、免疫、エピジェネティクス、薬剤耐性という多面的な領域にまたがる「ハブ分子」であることが明らかになりました。
今後、PKM2を標的とすることで、がん細胞のエネルギー供給を断ち切るだけでなく、免疫チェックポイント阻害剤との併用や、薬剤耐性の克服を目指す新たな治療戦略が期待されます。次世代のがん治療開発において、PKM2は間違いなく注目すべきターゲットとなるでしょう。
参考文献
Zheng H, Et al. PKM2 modulates chemotherapy sensitivity by regulating autophagy and predicts the prognosis and immunity in pancancer. Scientific Reports volume 15, Article number: 14626 (2025)