がん免疫療法コラム
大腸がんに対するCAR-T細胞療法の可能性と課題
世界的に重要性を増す大腸がん(CRC)
大腸がん(Colorectal Cancer, CRC)は、世界中で最も多く診断される悪性腫瘍の一つです。特に進行性の大腸がんは予後が悪く、現在の治療は主に化学療法と分子標的薬の併用に依存しています。しかし、これらの治療法にも限界があり、新たな治療戦略の開発が急務とされています。
免疫療法の適応は限定的
近年、がん治療の分野で注目を集める免疫チェックポイント阻害剤ですが、大腸がんにおけるその適応は非常に限られています。現状では、ミスマッチ修復欠損(dMMR)または高頻度マイクロサテライト不安定性(MSI-High)を有する腫瘍、すなわち全進行性大腸がんのわずか10%未満の症例にしか適応されていません。このため、免疫チェックポイント阻害剤が効果を示さない大多数のCRC患者に対する新しい免疫療法の開発が求められています。
CAR-T細胞療法とは何か?
こうした背景の中で、注目されるのがキメラ抗原受容体T細胞(CAR-T細胞)療法です。CAR-T細胞療法は、患者自身のT細胞を遺伝子改変して特定の抗原を認識する受容体(CAR)を発現させ、がん細胞を攻撃させるアプローチです。血液がん、特にリンパ腫、骨髄腫、白血病においては、すでにその高い効果が実証され、実臨床においても使用されています。
固形がんにおけるCAR-T療法の限界
一方で、固形がん、特に大腸がんに対するCAR-T細胞療法の効果は依然として限定的です。その理由としては、次の3つの大きな課題が挙げられます。
- 抗原の不均一性:固形がんでは、同じ腫瘍内でもがん細胞ごとに発現している抗原が異なる場合が多く、すべてのがん細胞を標的にするのが難しいです。
- 腫瘍へのCAR-T細胞の浸潤障害:血液がんとは異なり、CAR-T細胞が腫瘍部位に十分到達できません。
- 免疫抑制性腫瘍微小環境:腫瘍周囲の環境が、免疫細胞の働きを抑え込む仕組みを持っていることで、CAR-T細胞の機能が著しく低下してしまいます。
これらの障害が重なり、現段階では固形がんにおけるCAR-T療法の有効性は限られているのが実情です。
大腸がんに対するCAR-T療法の研究進展
しかしながら、前臨床研究においては、さまざまな腫瘍関連抗原(Tumor-Associated Antigens, TAA)を標的としたCAR-T細胞が、大腸がんモデルに対して有効であることが示されています。細胞実験や動物実験での検討においては、複数のターゲット分子に対するCAR-T細胞が腫瘍抑制効果を発揮しているのです。
これらの成果を受けて、初期段階の臨床試験もいくつか実施されています。しかしながら、これらの臨床試験で得られた治癒効果は限定的であり、期待されたような大きな治療効果には至っていません。
課題の整理と今後の展望
CAR-T細胞療法の臨床応用に向けては、次のような課題に対処する必要があります。
- 臨床試験の工夫:対象患者の選定、治療プロトコルの最適化など、臨床試験デザインそのものに改良の余地があります。
- 腫瘍特性の理解:大腸がん特有の抗原多様性や腫瘍微小環境の性質を正確に把握し、それに応じたCAR設計が求められます。
- 新規抗原の探索とターゲット選定:より特異的で効果的なターゲット抗原を見つけ出し、治療の精度を高めることが重要です。
また、腫瘍浸潤を促進するための遺伝子改変や、免疫抑制環境を克服するための併用療法の開発も活発に進められています。
まとめ:大腸がんにおけるCAR-T療法の未来
大腸がんに対する治療選択肢が限られる中、CAR-T細胞療法は依然として大きな可能性を秘めています。特に、現行の免疫チェックポイント阻害剤が効果を示さない患者層にとって、救いとなる治療法になり得る可能性があります。
前臨床データは希望を抱かせるものですが、実際に臨床現場で有効性を確立するには、技術的・生物学的課題を一つずつ克服していく必要があります。今後の研究とイノベーションによって、大腸がん治療に新たな道が開かれることが大いに期待できます。
参考文献
Arturo Lecumberri, et al. CAR-T Therapy for the Treatment of Colorectal Cancer. Discovery Medicine. 2025; 37(195): 618–630. https://doi.org/10.24976/Discov.Med.202537195.54