がん免疫療法コラム
膵臓がん治療の新たな可能性:STAT3阻害剤と免疫チェックポイント阻害剤の併用効果
1. がん治療におけるSTAT3の役割と新たな試み
がん治療の最前線で注目されているのが、シグナル伝達分子STAT3(シグナル伝達兼転写活性化因子3)です。STAT3はがん細胞の増殖や生存を助けるだけでなく、免疫抑制にも関与するため、その阻害は新たながん治療法として期待されています。今回ご紹介する研究では、STAT3を標的としたアンチセンスオリゴヌクレオチド(ASO)「ダンバチルセン」と免疫チェックポイント阻害剤の併用が膵臓がん(膵管腺がん、PDAC)にどのような効果をもたらすのかを検証しています。
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研究方法と解析のアプローチ
この研究は、前臨床試験と臨床試験の二つのフェーズで行われました。前臨床試験では、膵臓がん細胞をマウスに移植し、STAT3 ASOと免疫チェックポイント阻害剤の併用療法が実施されました。フローサイトメトリーを用いて腫瘍内の免疫細胞の変化を解析し、特に膵星細胞(PSCs)や骨髄由来抑制細胞(MDSCs)への影響が詳しく調べられています。
臨床試験は第II相試験として、Simon II段階設計が採用されました。非小細胞肺がん(NSCLC)、膵臓がん(PDAC)、およびミスマッチ修復欠損型大腸がん(MRD CRC)の患者を対象に、ダンバチルセンとデュルバルマブ(免疫チェックポイント阻害剤)の併用効果を検証し、主要評価項目を治療開始から4カ月後の疾患制御率(DCR)が設定されました。
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前臨床試験と臨床試験の結果:期待と現実のギャップ
前臨床試験の結果は有望なものでした。STAT3 ASOと免疫チェックポイント阻害剤の併用により、膵臓がんを移植したマウスの生存率が向上。さらに、腫瘍内のCD4陽性T細胞とPD-1陽性CD8陽性T細胞の増加が確認され、免疫応答の強化が示唆されました。
しかし、臨床試験では異なる結果が得られました。2017年4月から2020年3月までの期間に、1つの施設で37人の患者(膵臓がん29人、非小細胞肺がん7人、ミスマッチ修復欠損型大腸がん1人)が治療を開始しましたが、残念ながら客観的な腫瘍縮小効果(客観的奏効)は観察されませんでした。それでも、非小細胞肺がんの患者6人中4人(66.7%、95%信頼区間22.3%~95.7%)と膵臓がん患者23人中4人(17.4%、95%信頼区間5%~38.8%)で4カ月後の疾患制御率が達成されました。
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追加解析で明らかになった新たな発見
その後の追跡実験では、STAT3 ASOが膵星細胞(PSCs)や骨髄由来抑制細胞(MDSCs)に作用し、抗炎症効果を示す一方で、腫瘍促進効果もあることが判明しました。これはSTAT3の単純な阻害とは異なるメカニズムであり、治療効果を制限する要因となる可能性があります。
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結論と今後の展望
ダンバチルセンとデュルバルマブの併用療法は、主要評価項目である4カ月後の疾患制御率を達成したものの、期待された客観的な腫瘍縮小効果は得られませんでした。この結果の背景には、ダンバチルセンが誘発する骨髄系免疫抑制の影響が考えられます。今後は、この免疫抑制効果を克服する新たな戦略が求められるでしょう。
本研究は、STAT3阻害と免疫チェックポイント阻害の併用が持つ可能性と限界を示す重要な知見です。膵臓がん治療のさらなる進展に向けて、今回得られた知見を基に新たな治療法の開発が期待されます。
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参考文献
- C Tang, et al. Preclinical study and parallel phase II trial evaluating antisense STAT3 oligonucleotide and checkpoint blockade for advanced pancreatic, non-small cell lung cancer and mismatch repair-deficient colorectal cancer. BMJ Oncol. 2024 Jul 30;3(1):e000133. doi: 10.1136/bmjonc-2023-000133.