がん免疫療法コラム
自己免疫を起こさず、がん免疫を安全に活性化する新しい方法
1. がん免疫抑制の鍵を握るTregとは?
がん免疫療法は、免疫系を活性化させてがん細胞を攻撃する治療法として注目されています。しかし、免疫系にはがん細胞を攻撃する働きだけでなく、過剰な免疫応答を抑制する機能も存在します。その中でも制御性T細胞(Treg)は、免疫のバランスを保つ重要な役割を果たしており、特に腫瘍組織内では免疫抑制を強く引き起こすサブセット「Th1-Treg」ががんの進行を助長するとされています。
しかし、Th1-Tregがどのように腫瘍内に集積し、免疫抑制を強めているのか、その分子メカニズムはこれまでほとんど解明されていませんでした。今回の研究では、この現象に「腫瘍随伴マクロファージ(TAM)」が関与している可能性に着目し、詳細な解析が行われました。
2. TAMの新たな役割を解明——独自のマウスモデルを用いた実験
研究グループは、TAMを特異的に標識し、除去できる遺伝子改変マウスを作製しました。このマウスを用いた実験では、腫瘍内のTAMを選択的に除去すると、Th1-Tregの割合が大幅に減少し、がん免疫が強く活性化されることが明らかになりました。
さらに、TAMが産生する液性因子であるPF4(CXCL4)が、TregからTh1-Tregへの分化を促進することを突き止めました。つまり、TAMはPF4を分泌することで、Th1-Tregの形成を誘導し、結果的にがん免疫を抑制していることが判明しました。
3. PF4を標的とした新たながん治療の可能性
研究チームは次に、PF4を欠損させたマウスや、PF4中和抗体を投与したマウスを用いた実験を実施しました。その結果、腫瘍組織内のTh1-Tregの割合が減少し、免疫反応が活性化されることが確認されました。これにより、がんの増殖が抑制され、腫瘍の縮小が確認されました。
特筆すべき点は、PF4中和抗体を投与しても、全身の免疫バランスを崩すことなく、自己免疫反応を引き起こさなかったことです。これは、PF4が腫瘍内でのみTh1-Tregを誘導しているためであり、安全性の高い治療法の開発につながると考えられます。
4. 今後の展望——ヒトへの応用に向けた研究
本研究の成果により、TAMが産生するPF4がTh1-Tregの誘導を介してがん免疫を抑制していることが明らかになりました。PF4を標的とした治療法は、免疫抑制を解除しながらも全身の免疫系に過度な影響を与えない、安全性の高いがん免疫療法の候補となる可能性があります。
今後は、PF4中和抗体のヒト向け開発を進め、臨床試験へと移行することが予想されます。
PF4を標的とした治療法が実用化されれば、新たながん免疫療法として大きな前進となります。今後の研究の進展に、さらなる期待が寄せられています。
参考
- 大阪大学プレスリリース
https://www.biken.osaka-u.ac.jp/_files/_ck/files/researchtopics/2024/2024%E5%BE%AE%E7%A0%94PR-KurataniYamamoto-Science.pdf - Kuratani A, et. al. Platelet factor 4-induced TH1-Treg polarization suppresses antitumor immunity. Science. 2024 Nov 22; 386(6724):eadn8608.