がん免疫療法コラム
悪性黒色腫治療の新たな一手:脂肪酸代謝を鍵とする免疫療法の可能性
1.背景
悪性黒色腫は、ほくろに似た皮膚がんの一種で、2020年には世界で約32万人が発症し、約5万7000人が命を落としています。非常に悪性度が高く、外科的切除や薬剤療法が行われる一方で、目に見えない小さな転移が生じることが多いため、その治療は困難を極めます。特に、分子標的薬や放射線治療には限界があり、転移後の有効な治療法の開発が急務とされています。
近年、注目を集めているのが免疫細胞の一種であるヘルパー9型T(Th9)細胞です。海外の研究では、Th9細胞ががんに対して強い抗腫瘍効果を発揮することが報告されましたが、Th9細胞の機能がどのように制御されているかは未解明でした。そこで、日本の研究チームは、脂質代謝を基盤とした新たな視点からこの問題に挑みました。
2.脂肪酸代謝の阻害ががん治療の鍵に
研究チームは、脂肪酸合成に必要な酵素「アセチルCoAカルボキシラーゼ1(ACC1)」を阻害する薬剤を投与したTh9細胞がサイトカイン「IL-9」を大量に産生することを発見しました。さらに、この改良型Th9細胞を悪性黒色腫を持つマウスに移殖したところ、がんの増殖が顕著に抑制されることが明らかになりました。驚くべきことに、免疫チェックポイント阻害薬と組み合わせると、がんがほぼ完全に消失する結果が得られました。
3.詳細なメカニズムを解明
脂肪酸合成の阻害がTh9細胞に与える影響を調べるため、次世代シーケンサーや質量分析を用いて詳しい解析が行われました。その結果、脂肪酸の一種であるオレイン酸やパルミチン酸が、核内受容体「レチノイン酸受容体」を介してTh9細胞の働きを調整していることが判明しました。この発見により、脂肪酸代謝がTh9細胞の機能を左右する重要な因子であることが示されました。
4.患者への応用と将来の展望
臨床データの解析でも、Th9細胞に関連した遺伝子発現が高い患者群では、低い患者群に比べて生存期間が長い傾向が見られました。この成果は、脂肪酸代謝をターゲットにした新しいがん免疫療法の可能性を示唆しています。
現在、白血病やリンパ腫の治療として実用化されているCAR-T細胞療法は、固形がんにはまだ十分な効果を発揮できていません。しかし、本研究を応用することで、悪性黒色腫をはじめとする固形がん治療の新たな突破口が開かれる可能性があります。
この成果は、がん治療の未来を切り拓く画期的な研究として注目されています。今後の臨床応用に向けた更なる研究が期待されます。
5.参考
Nakajima T, Kanno T, Ueda Y, Miyako K, Endo T, Yoshida S, Yokoyama S, Asou HK, Yamada K, Ikeda K, Togashi Y and Endo Y. Fatty acid metabolism constrains Th9 cell differentiation and antitumor immunity via the modulation of retinoic acid receptor signaling. Cell Mol Immunol. 2024 Nov;21(11):1266-1281. doi: 10.1038/s41423-024-01209-y.