がん免疫療法コラム
がん免疫療法における肥満パラドックス~PD-1に関して~
-
肥満パラドックスとがん治療
肥満ががんのリスクを高めることはよく知られていますが、近年の研究では、肥満患者において免疫療法が効果を発揮しやすいという「肥満パラドックス」と呼ばれる現象が報告されています。特にPD-1チェックポイント阻害薬が、肥満患者に対して、より強い有効性を示すことが注目されています。今回ご紹介する研究は、肥満がPD-1の発現にどのように影響を与え、がん治療にどのように貢献するのかを探るものです。
-
肥満とPD-1発現の関係
肥満は、炎症性サイトカインや代謝物の変化を引き起こし、がんの進行を促進する要因となります。特に、PD-1は肥満に関連する炎症シグナルや代謝物に応答して、マクロファージ上に発現します。このPD-1発現は、mTORC1経路を介して解糖系や炎症を抑制するフィードバックメカニズムを誘導し、がんの進行を抑える働きを持つとされています。しかし、この抑制効果は局所的なものであり、腫瘍浸潤T細胞や脾臓マクロファージには直接的な影響を与えません。この発現パターンが、肥満とがんの関係において重要な役割を果たしていると考えられています。
-
肥満がもたらす免疫微小環境の変化
肥満によるPD-1発現は、腫瘍の免疫微小環境にも影響を与え、免疫細胞の構成に変化を引き起こします。特にPD-1陽性の腫瘍関連マクロファージ(TAM)において、抗原の取り込み量や抗原提示能力が低下します。この結果、T細胞による免疫監視が弱まり、腫瘍の成長が促進される一因となります。肥満によって引き起こされる免疫系の機能低下が、がんの進行を助長していることが示唆されています。
-
PD-1チェックポイント阻害薬と肥満
PD-1チェックポイント阻害薬は、PD-1とそのリガンドであるPD-L1との相互作用を阻害することによって、免疫系が腫瘍細胞を効果的に攻撃できるようにします。肥満によってPD-1が発現すると、マクロファージの抗腫瘍機能が抑制され、免疫監視機能が低下します。しかし、PD-1を阻害することで、この抑制効果が解除され、マクロファージの抗腫瘍機能が再活性化します。このメカニズムによって、肥満患者におけるPD-1チェックポイント阻害薬療法の効果が向上する可能性があります。
-
今後の研究と臨床的意義
今後の研究では、PD-1が他の自然免疫細胞、例えば樹状細胞にどのように影響を与えるかを調査する必要があります。樹状細胞は免疫応答の初期段階で重要な役割を果たしており、肥満やがん微小環境におけるPD-1発現がこれらの免疫細胞に及ぼす影響を理解することは、治療戦略の最適化に貢献する可能性があります。
また、異なる食事が腫瘍微小環境やPD-1発現にどのように影響するかを調べることも重要です。肥満に関連する食事ががんの進行や免疫応答にどのように関与しているかを明らかにすることで、より効果的な治療法や食事管理が可能になるでしょう。
さらに、PD-1発現が免疫チェックポイント療法の予後指標として機能するかどうかを探ることも重要なポイントです。PD-1の発現レベルやその変化が、免疫療法の効果を予測するための有力な指標となる可能性があり、個別化医療の進展に大きく寄与すると考えられます。肥満とPD-1の関係を深く理解することで、がん治療における新たなアプローチの開発が期待されています。
参考
- Jackie E Bader, et al. Obesity induces PD-1 on macrophages to suppress anti-tumour immunity. Nature. 2024 Jun;630(8018):968-975.