がん免疫療法コラム
WT1ペプチドとは?
前回、同仁がん免疫研究所では、がん抗原として「WT1ペプチド」を用いて樹状細胞に「がん」の目印を覚えさせるという話をしました。「WT1ペプチド」とは一体何なのかと疑問を持たれた方もいらっしゃるかと思います。今回は、この「WT1ペプチド」についてご説明したいと思います。
◆がん抗原とは?
細胞には細胞内のタンパク質を小さくして、ペプチド(2個以上のアミノ酸分子が結合した化合物)を作り、それを細胞の表面に掲げる能力があります。「がん」に侵された細胞にもこの能力があり、その場合には、細胞内にある「がん」の組織の一部についても、タンパク質分解酵素によりペプチドにして、細胞の表面に掲げます。このペプチドを「がん抗原」と呼んでいます。
◆WT1について
□WT1遺伝子とは?
正式名称はウイルムス腫瘍(Wilm’s tumour)-1遺伝子で、頭文字を取ってWT1遺伝子と呼ばれています。ウイルムス腫瘍は子供がかかる腎臓がんの一つで、WT1遺伝子の変異により発現することが知られています。
□がん抗原としての有用性
がん細胞内で、このWT1遺伝子からWT1タンパクが作られます。そして、そこからさらにWT1ペプチドが作られ、それが抗原として細胞の表面に提示されます。この抗原が白血病細胞の表面に多数発現していることを、大阪大学大学院医学系研究科教授の杉山治夫氏らが発見しました。その後、WT1は白血病などの腫瘍マーカーとして認められ、急性骨髄性白血病、急性リンパ性白血病および骨髄異形成症候群の診断補助および進行度モニタリングマーカーとして使用されています。
さらに、白血病だけではなく、肺がんや乳がんなどほんとすべてのがん細胞に、WT1が発現していることが認められました。2009年には、米国立がん研究所が75の代表的ながん抗原について「がん抗原の有用性ランキング」を公表し、その中で最高ランクを獲得するなど、WT1は最も有用度が高い「がん抗原」として認められています。
□WT1ペプチド
ワクチンに利用されるWT1ペプチドは、WT1タンパクの中から免疫機能を活性化するアミノ酸を取り出して、配列を変えて人工的に製剤化することにより作られます。このペプチドの中のアミノ酸を他のアミノ酸に変更することにより、免疫を活性化する作用が上がることが認められおり、この性質を利用し、より活性の強いWT1ペプチドが作られています。
◆ワクチンへの応用
2001年からWT1を用いたペプチドワクチンの治験が、大阪大学を初めとして実施されていますが、まだ製造承認を取得したものはありません。なかなか明確な結果が得られていないのですが、その理由の一つとして、免役チェックポイントのようなブレーキが免疫にかかっていることが挙げられます。また、以前は一つのがん細胞に一つのキラーT細胞が対峙すると考えられていましたが、実際は数十個のキラーT細胞で一つのがん細胞を攻撃することが分かってきており、攻撃を行うキラーT細胞の数が不十分であったことも理由として挙げられています。
WT1の研究は、現在でも進められています。大阪大学などでは、ヘルパーT細胞とキラーT細胞をそれぞれ活性化するWT1(WT1ヘルパーペプチドおよびWT1キラーペプチド)を作製し、これらのがん抗原を混合したワクチンを用いた臨床試験を行うなど、ワクチンへの応用研究は継続して行われています。
参考文献
- 岡芳弘ら, 癌抗原WT1を標的とした免疫療法-WT1ペプチド癌ワクチン-, Jpn. J. Clin. Immunol., 31(5) 375-382, 2008 https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsci/31/5/31_5_375/_pdf/-char/ja
- 岸本忠光・中嶋彰, 免疫が挑むがんと難病, 2016
- WT1 mRNA測定キットII「オーツカ」添付文書 https://www.otsuka-elibrary.jp/di/prod/product/file/wt2/wt2bnotk.pdf
- がん免疫治療、WT1ペプチドワクチンのしくみ https://medicalnote.jp/contents/151118-000017-VSXCXT
- 3種混合WT1ペプチドワクチン免疫療法(WT1 Trio)による抗腫瘍免疫応答の長期維持の臨床試験 https://upload.umin.ac.jp/cgi-open-bin/ctr/ctr.cgi?function=brows&action=brows&recptno=R000025028&type=summary&language=J