がん免疫療法コラム
急性骨髄性白血病に対する人工アジュバントベクター細胞治療の可能性
1. 背景
現在、がんは2人に1人が罹患する疾患であり、その治療法の確立は急務です。がん治療にいては、免疫療法の進展が世界中で注目を集めています。特に、体内の免疫システムを活性化させ、がん細胞を攻撃する免疫療法は、従来の治療法に比べて副作用が少なく、効果が期待される治療法として脚光を浴びています。
今回、理研が開発した『人工アジュバントベクター細胞(aAVC)』による新しい免疫療法が、がん治療における革新的なアプローチとして注目されています。
2. 自然免疫と獲得免疫
人体には、異物を排除するための免疫システムが備わっており、その一部は生まれながらに備わる『自然免疫』、もう一つは外部からの異物に対応して後天的に形成される『獲得免疫』です。自然免疫は、異物を素早く認識し初期防衛を担う一方、獲得免疫は特定の抗原を認識し、長期的な防御を行います。
これまでの研究では、がん細胞の排除には、自然免疫と獲得免疫の両方が必要であることが示されてきました。特に、ナチュラルキラー(NK)細胞やキラーT細胞といった免疫細胞の働きが重要とされていますが、がん細胞はこれらの免疫攻撃を回避する能力を持つため、治療は容易ではありません。
3. 人工アジュバントベクター細胞(aAVC:エーベック)による免疫活性化
この課題に対し、がん抗原とNKT細胞を同時に活性化することで、自然免疫と獲得免疫を同時に誘導できる『人工アジュバントベクター細胞(aAVC: artificial adjuvant vector cells)』が開発されました。aAVCとは、がんの免疫療法において研究が進められている人工細胞であり、その作製にはHEK293細胞が用いられています。HEK293細胞に対して、CD1d分子のmRNAと、標的がん抗原分子のmRNAを遺伝子導入し、CD1d分子上にアルファガラクシトシルセラミド(α-GalCer)を発現させたものがaAVCです。
aAVCは、NKT細胞の活性化を引き金に、樹状細胞を成熟化させ、T細胞の誘導を促進します。これより、がん細胞に対する効果的な免疫応答が誘発されます。
4. 臨床試験の結果
2017年から2020年にかけて行われた臨床試験において、再発または治療抵抗性の急性骨髄性白血病患者9名を対象に、急性骨髄性白血病などさまざまながんに発現するWT1という抗原を用いた『aAVC-WT1』の安全性と有効性が評価されました。治験の結果、投与後に自然免疫および獲得免疫が活性化され、特にNKT細胞やNK細胞の増加、さらにIFN-γの産生が確認されました。また、一部の患者では、白血病細胞数が著しく減少し、完全寛解に至るケースも見られました。
この臨床試験は、世界で初めてヒトにaAVCを投与したものであり、その結果は非常に重要です。試験では、aAVCの投与が自然免疫、獲得免疫、そして記憶免疫という一連の免疫サイクルを誘導することが確認されました。特に、キラーT細胞が長期間にわたって維持されることが示され、がん治療における免疫の監視機構が成立する可能性が示唆されました。
5. 今後の展望
この研究は、がん免疫療法の新たな一歩として、多くの可能性を秘めています。aAVCは、免疫チェックポイント阻害剤と組み合わせた治療法や、従来の治療法が効かない患者に対する新たな選択肢として期待されています。また、進行がんに対しても免疫応答が確認されており、固形腫瘍への治験に向けた開発も進んでいます。
今回の研究成果は、がん治療だけでなく、記憶免疫のメカニズム解明にも貢献すると期待できます。記憶キラーT細胞の効率的な誘導とその維持についての知見は、今後の免疫療法研究において重要な役割を果たすでしょう。
6. 参考
理研プレスリリース
https://www.riken.jp/pr/closeup/2022/20230111_1/index.html
https://www.riken.jp/press/2022/20220924_1/
Fujii S et al,. Reinvigoration of innate and adaptive immunity via therapeutic cellular vaccine for AML patients”, Molecular Therapy – Oncolytics, 10.1016/j.omto.2022.09.001