がん免疫療法コラム
免疫チェックポイント阻害薬は腫瘍血管を正常化する
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がん免疫治療の現状と課題
がん免疫治療は、近年、抗PD-1抗体、抗PD-L1抗体、抗CTLA4抗体といった免疫チェックポイント阻害薬の登場により、臨床現場で広く用いられるようになっています。これらの薬剤は、固形がんにおいて免疫機能が低下したCD8T細胞の機能と増殖を回復させ、再びがん細胞を攻撃できる状態に戻す役割を果たします。
しかし、血中に存在するCD8T細胞が腫瘍に到達するためには、腫瘍血管を通過しなければならないのですが、この腫瘍血管は正常な血管とは異なり、CD8T細胞の侵入を阻害する特徴があります。これが、がん免疫治療の効果を制約する一因となっていました。
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メトホルミン併用による治療効果の向上
近年、マウス腫瘍モデルを用いた研究で、抗PD-1抗体とメトホルミンの併用により治療効果が大幅に改善されることが示されました。この併用治療では、抗PD-1抗体単独の治療に比べて、IFN-γを産生するCD8T細胞の増殖が著しく促進されることが報告されています。これにより、腫瘍に対する免疫応答が強化されます。
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腫瘍血管の正常化と免疫細胞の侵入促進
今回の研究では、メトホルミンと抗PD-1抗体の併用治療が、腫瘍血管内皮細胞におけるVE-カドヘリンとVCAM-1の発現を促進し、さらに、血管周囲の周皮細胞の数を増加させることが明らかになりました。VE-カドヘリンの増加は、血管内皮細胞同士の結合を強化し、液体の漏れを防ぐ役割を果たします。また、周皮細胞の増加は、血管壁の弾力性を高め、血液の流れを改善します。これらの変化により、腫瘍組織に浸潤するCD8T細胞(CD8TILs)の数が増加しました。
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VCAM-1の役割とIFN-γの関与
VCAM-1は、活性化されたCD8T細胞が腫瘍組織内に侵入する際の足場として機能します。研究では、メトホルミンと抗PD-1抗体の併用治療により、このVCAM-1の発現が増加し、CD8T細胞が効果的に腫瘍内に入り込むことが確認されました。さらに、VE-カドヘリンとVCAM-1の発現上昇は、CD8T細胞が分泌するIFN-γによって引き起こされていることが示されました。一方、抗CD8抗体や抗IFN-γ抗体を投与することで、VE-カドヘリンとVCAM-1の発現は消失し、CD8TILsの増加も見られなくなりました。すなわち、併用治療による腫瘍血管正常化は CD8T 細胞の分泌するIFN-γによってもたらされると結論づけられます。
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メトホルミンとIFN-γの相乗効果
ヒト臍帯静脈内皮細胞(HUVEC)を用いた実験では、IFN-γとメトホルミンを同時に投与することで、VE-カドヘリンとVCAM-1の発現が相乗的に上昇することが確認されました。これは、腫瘍血管内皮細胞で観察された結果と一致し、メトホルミンとIFN-γの併用が血管内皮細胞の機能を向上させることを示唆しています。
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がん治療における新たな展望
一連の実験結果から、メトホルミンと抗PD-1抗体の併用療法が、CD8T細胞を活性化させ、腫瘍血管を正常化することで、がん免疫治療の効果を飛躍的に向上させる可能性が示されました。メトホルミンと抗PD-1抗体の併用療法では、CD8T細胞が血管内から腫瘍内へと移動するために、血管内皮細胞のVCAM-1発現を促進し、小孔を形成してCD8T細胞の移動を助けます。その後、VE-カドヘリンが血管内皮細胞の連結を強化し、血管のホメオスタシスを維持します。
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今後の研究と応用可能性
今回の報告は、がん免疫治療における新たな戦略を提案するものであり、メトホルミンとIFN-γの血管内皮細胞への影響をさらに解明することで、治療効果のさらなる向上が期待されます。
また、メトホルミンが糖尿病の合併症である血管異常に対して予防効果を持つ可能性も示唆されており、がん治療のみならず、糖尿病治療においても新たな治療法が開発されることが期待されます。
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参考
- 岡山大学プレスリリース (2024年07月30日)「自身の活性酸素を消す力ががん免疫力を高めることを発見!〜免疫T細胞に本来備わる活性酸素消去力をメトホルミンが活性化〜」(URL)
- Tokumasu M. et al. Metformin synergizes with PD-1 blockade to promote normalization of tumor vessels via CD8T cells and IFNγ. Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America, 121(30), Article e2404778121.(URL)