がん免疫療法コラム
老いとPD-L1の関係:新たな抗加齢療法への展開
1.はじめに
これまでの研究では、ある種の老化細胞がマクロファージやNK細胞、あるいはCD4陽性T細胞に対して感受性を示すことが明らかとなっています。しかし、なぜ加齢に伴い老化細胞が体内での免疫機構を回避して生体内の様々な臓器や組織に蓄積するのかについては全く分かっていませんでした。
2.老化細胞の免疫機構回避
最新の研究において、老化細胞の一部(約10%程度)は免疫チェックポイントタンパク質PD-L1を特異的に発現していることが明らかとなりました。さらに様々な臓器において老化細胞内のPD-L1発現細胞の割合が加齢に伴い増加していることから、老化に伴ってPD-L1陽性の老化細胞が選択的に臓器や組織に蓄積されていると考えられます。PD-L1は免疫細胞の表面にあるPD-1分子と結合して、免疫細胞の働きを抑制します。言い換えると、老化細胞が発現しているPD-L1を阻害することで、老化細胞は免疫細胞によって除去されやすくなります。
3.老化細胞と免疫系
老化細胞はCD8陽性T細胞に対して強い感受性を示しますことが知られています。しかし、老化細胞におけるPD-L1の発現はCD8陽性T細胞に対する感受性を強く抑制することになります。生体内におけるPD-L1陽性の老化細胞は、PD-L1陰性の老化細胞と比較してより強い炎症性性質を示します。このことは、加齢に伴いPD-L1陽性の老化細胞が選択的に臓器や組織に蓄積することによって、より強い慢性炎症が誘発され、その臓器や組織の機能に悪影響を及ぼしているということを示唆しています。
4.老化モデルマウスとPD1抗体
老化細胞が発現しているPD-L1シグナルを阻害するためにPD1抗体を投与すると、理論的にはその老化細胞は免疫細胞に認識されやすくなります。実際、動物実験において、老齢モデルマウスにPD1抗体を投与すると、生体内の様々な臓器における老化細胞の割合や、老化細胞内のPD-L1陽性細胞の割合が有意に低下するという最新の研究結果も得られています。さらにこれらの研究では、老化に伴う筋力低下は従来の1.5倍に改善し、各臓器に蓄積されていた老化細胞は1/3にまで減少しています。さらに、加齢に伴って蓄積していた肝臓内脂肪も減少し、より若齢マウスに近い状態となることも確認されています。
5.まとめ
従来は低分子化合物を用いて老化細胞を生体内から除去する手法が加齢病態の改善に効果的であることが知られていました。しかし最新の研究によって、老化細胞に対する自己免疫を強化することで、効率的に老化細胞を除去し、老化やそれに伴う疾患、生活習慣病を改善できることが分かってきました。これらの研究結果をもとに、新規性の高い抗加齢療法の開発につながることが期待でき、将来的には老化に伴う疾患の予防や治療が進み、健康寿命の延長が実現するかもしれません。
6.参考
1. 東京大学プレスリリース
https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/imsut/jp/about/press/page_00200.html
2. Wang TW. et al. Blocking PD-L1-PD-1 improves senescence surveillance and ageing phenotypes. Nature. 2022 Nov;611(7935):358-364.
https://www.nature.com/articles/s41586-022-05388-4
3. 日経BeyondHealth
https://project.nikkeibp.co.jp/behealth/atcl/news/domestic/00201/?P=1