がん免疫療法コラム
難治性悪性黒色腫(メラノーマ)に対する新たな治療戦略の有効性
1.はじめに
悪性黒色腫(メラノーマ)は臨床症状と病理所見より表在拡大型、末端黒子型、悪性黒子型、結節型の4病型に分類されており、日本では末端黒子型が40%を占めています。
現在、メラノーマに対する一次治療で使用されている免疫チェックポイント阻害薬は、抗PD-1抗体であるオプジーボ、キイトルーダ、およびオプジーボ+ヤーボイ併用の3種類です。しかし、日本に多い末端黒子型は他に比べて体細胞変異数が少ないため、抗PD-1抗体が奏効しづらいとされます。
抗PD-1抗体が効かない症例に対する標準治療は、現在はオプジーボ+ヤーボイ併用もしくはヤーボイ単剤となっています。しかし、日本人での有効性はそれぞれ13.5%、3.6%と低いのが現状であり、メラノーマの抗PD-1抗体無効例に対する有効で安全な治療法が模索され続けています。
2.PAI-1とは
プラスミノーゲン活性化抑制因子-1(PAI-1)は、メラノーマを含むいくつかの種類のがんにおいて腫瘍の発達を促進することが知られているセリンプロテアーゼであり、マクロファージの腫瘍部位への移動を促進し、メラノーマおよび結腸癌モデルにおいて腫瘍関連マクロファージ(TAM)の増加を引き起こすことが知られています。
最新の研究では、PAI-1はメラノーマ細胞のPD-L1のエンドサイトーシスを促進し、メラノーマにおける抗PD-L1抗体の効果を阻害することも動物実験によって判明しています。さらにPAI-1はマウスのメラノーマ細胞において、化学療法への耐性を誘導することも分かってきました。
これらの報告を総合的に捉えると、抗PD-1抗体との併用によるPAI-1シグナルの阻害が、メラノーマに対する抗腫瘍免疫反応を増強すると考えられています。
3.PAI-1阻害薬TM5614を用いた臨床試験
2021年9月から2023年3月に、抗PD-1抗体が奏功しない進行期メラノーマ34 例に対して、オプジーボとPAI-1阻害薬TM5614の安全性・有効性を検討する医師主導治験(第Ⅱ相試験)が施行されました。
その結果、オプジーボとTM5614の併用期間が8週間という短期間であるにも関わらず、主要評価項目である奏効率は25.9%であり、開始当初の設定期待奏効率の20.0%を大きく上回る結果となりました。
また副次評価項目である安全性に関しては、薬剤と因果関係の否定できない重度有害事象の発症率は7.7%であり、標準治療であるオプジーボ+ヤーボイ併用(55-70%)もしくはヤーボイ単剤療法(55-70%)と比較して大幅に減少している結果となっています。
併用期間が56日間のみであるにも関わらず、探索的項目である無増悪生存期間は174日 (95% CI: 114.4 – 232.9)であり、併用療法終了後約4ヶ月間にわたってがんの進行が止まっていることが示される結果となりました。
4.今後の展望
PAI-1阻害薬TM5614は、将来的な薬事承認と商業化を目指して、2025年2月から、検証的第Ⅲ相試験(医師主導治験)が開始される予定です。
5.まとめ
最新の研究によって、抗PD-1抗体の効果が限られているメラノーマに対して、PAI-1の阻害が抗腫瘍免疫反応を増強する可能性が示されています。これに基づいて実施されたPAI-1阻害薬であるTM5614の第Ⅱ相試験では、オプジーボとの併用で高い奏効率と安全性が示され、第Ⅲ相試験への展開が期待されています。
今後は、PAI-1阻害薬と免疫チェックポイント阻害薬の併用が、メラノーマ患者の生存期間の向上につながることが大いに期待できる結果となっています。
6.参考
- 東北大学プレスリリース
https://www.tohoku.ac.jp/japanese/newimg/pressimg/tohokuuniv-press20240607_01web_melanoma.pdf
- Fujimura T. et al. Phase II, multicenter study of plasminogen activator inhibitor-1 inhibitor (TM5614) plus nivolumab for treating anti-PD-1 antibody-refractory malignant melanoma: TM5614-MM trial. Br J Dermatol . 2024 Jun 4:ljae231. doi: 10.1093/bjd/ljae231.
- PAI-1 阻害剤の新展開 ―がん治療への臨床応用―
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjsth/29/5/29_2018_JJTH_29_5_487-494/_pdf