がん免疫療法コラム
T細胞由来サイトカインによる難治性がんに対する新規治療戦略
がん細胞の多様化によって生み出される難治性がんとは
治りにくいあるいは再発しやすいがんを、難治性がんといいます。
がん治療が難しい理由として挙げられるのが、がん細胞の多様化です。がん組織には、遺伝的・非遺伝的な違いを有するがん細胞が混在しています。
多様ながん細胞を含むがん組織に対して治療を行うと、がん細胞は免疫を回避する能力を身につけるように進化します。治療により抵抗性がん細胞の割合が増加し、がん組織内で大半を占めるようになってしまいます。
同一患者のがん組織であっても多様な細胞を含み、腫瘍の不均一性と呼ばれる治療の障壁を生み出すのです。
免疫回避するMHC-I 欠損がんの存在
抵抗性がんの1つとして、MHC-I 欠損がんがあります。MHC-I 欠損がんは、T 細胞による免疫反応を逃れる代表的ながんです。
腫瘍を殺傷する機能を持つT細胞は、がん免疫療法では中心的な役割を担っています。
T 細胞受容体のがん細胞の認識は MHC-I 分子に依存しているため、MHC-I 欠損がん細胞は T 細胞には検知されません。T 細胞による腫瘍殺傷は、がん組織に対して強力な選択圧として作用し、免疫系から逃れる遺伝子変異の引き金となります。
その結果、 MHC-I 発現を低下あるいは失ったがん細胞の増加を招くのです。
実際にさまざまながんで、MHC-Iの消失が報告されています。臨床効果の低い乳癌や前立腺癌では、約80%で発現の低下消失が認められるという解析結果もあります。
抵抗性がん細胞のゲノム解析によって明かされるがん殺傷を可能にする分子経路
2023年2月、京都大学の研究グループが「MHC-I 欠損抵抗性がん細胞の殺傷を可能にする新しい分子経路」の研究成果を公表しました。
用いられたのは、がん組織のモデルとして2種類のがん細胞(感受性・抵抗性)を混在させてT 細胞と共培養し、遺伝子をモニターする手法です。さらに2020年ノーベル化学賞で注目されたCRISPR-Cas9という遺伝子を切るハサミが使用され、遺伝子のノックアウトをゲノムスケールで行っています。
具体的な研究成果として、MHC-I 欠損がんの抵抗性に関連するRnf31 遺伝子(TNF シグナル経路)と Atg5 遺伝子(オートファジー関連遺伝子)の2つが標的として見出されました。
T細胞に由来するサイトカインによるアポトーシスの誘導で見出された新規治療戦略
実際に、マウスモデルを用いてRnf31 遺伝子と Atg5 遺伝子をノックアウトして不活化する実験が行われました。その結果、抵抗性がん細胞がT細胞のからのサイトカインに対して感受性化することがわかっています。
サイトカインとは、細胞同士の情報伝達を担う分泌タンパクです。
代表的なT細胞のサイトカインとして、アポトーシスと呼ばれる細胞死を活性化するIFNgとTNFaがあります。抵抗性がん細胞内のTNFシグナル経路とオートファジーを不活性化させると、T 細胞由来サイトカインに対して感受性化しアポトーシス死することが示されたのです。
アポトーシスに陥った MHC-I 欠損がん細胞は、さらに腫瘍に特異的な T 細胞を活性化していました。その結果として、腫瘍に集まる IFNgあるいは TNFa産生 T 細胞数を増加させることが分かりました。
さらに、TNF シグナル経路とオートファジー双方を薬物あるいは遺伝子操作により阻害すると、MHC-I 欠損がん細胞を有するがんをコントロールできることも明らかになっています。
治療抵抗性がんの制御を担う免疫系の分子機序解明
治療抵抗性の克服は、がん制圧のための非常に重要なテーマです。多様な病原体へ複雑に対応する免疫系は、まだまだ不明なメカニズムも多く存在します。
体内で急速に進化し多様性を獲得するがん細胞に対し、対抗する免疫系の制御システムを後押しする戦略が必要となるでしょう。抵抗性がん細胞の遺伝子解析により明らかになった分子経路は、がん治療の新たな標的となることが期待されます。
参考URL
難治性がんの新しい治療標的の解明−T細胞サイトカインに癌細胞を感受性化する−
https://www.kyoto-u.ac.jp/ja/research-news/2023-02-24-6
Addressing Tumor Heterogeneity by Sensitizing Resistant Cancer Cells to T cell-secreted Cytokines
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC10164097/