がん免疫療法コラム
エピゲノム
- エピゲノムとは?
生物の設計図であるゲノムの遺伝子は、DNA上の塩基の並び順で決定します。これはセントラルドグマという分子生物学における基本原則になりますが、塩基配列に変化は無くても遺伝子の使われ方は細胞の種類や環境に応じて後天的に変化します。DNAの配列変化によらない遺伝子発現を制御・伝達するこの仕組みをエピジェネティクス(epigenetics)と呼びます。エピ (Epi)は「~のうえ」という意味を表す接頭語で、エピゲノムはゲノムのうえにつけ足される情報という意味になります。
ゲノムに加えられたエピジェネテッィクな修飾を総評して、エピゲノム(epigenome)と呼びます。がんには遺伝子の突然変異に加えて、エピゲノムの異常が深く関わっていることがわかってきました。
- エピゲノム上での変化
その実態は、DNAを構成するシトシンのメチル化やヒストンの化学修飾(アセチル化、メチル化、リン酸化やユビキチン化など)がされます。これらDNAの修飾は遺伝子の発現を正または負に調節することが知られています。
例えば、プロモーター領域のDNAメチル化は遺伝子の発現を抑制する一方、ヒストンH3K4のトリメチル化は遺伝子の発現を促進することが分かっています。
- がんとエピゲノム異常
このようにがん細胞では、がん抑制遺伝子のいくつかにメチル化が生じることで不活性化し、機能できなくなっています。その一方で、がん細胞のゲノム全体では、DNAのメチル化が著しく減少しています。ゲノム全体が低メチル化になると、染色体が不安定になり、不必要な遺伝子配列が無秩序に働いてしまいます。
正常細胞に蓄積するエピゲノム異常が、発癌の初期段階で癌発症に原因として関与すること、また治療標的となることも基礎研究レベルでは示されています。
- DNA異常メチル化による癌の層別化
また、発癌に密接に関与するエピゲノム異常情報を用いた癌の層別化も試みられています。
例えば大腸癌は,DNA異常メチル化の特徴から明瞭に高メチル化・中メチル化・低メチル化群に分類されます。高メチル化群は BRAF 遺伝子変異、中メチル化群は KRAS 遺伝子変異など各サブタイプは異なる遺伝子変異と極端に相関し、肉眼的に形態の異なる早期病変を経るなど、全く異なる分子経路で発症した癌と考えられます。
また、胃癌でもDNA 異常メチル化の特徴からサブタイプに分類されます。異常メチル化をあまり示さないサブタイプは特徴的なゲノム変異を伴い、また中程度の異常メチル化を示す胃癌群はピロリ菌感染など慢性胃炎の進行がその異常メチル化の原因と考えられます。それらとは一線を画した極端な高メチル化サブタイプも存在します。これは Epstein-Barrウィルス陽性胃癌になり、ゲノム構造異常が非常に少ない一方、多くの癌抑制遺伝子不活化の高メチル化が特徴です。
- 最後に
エピゲノム異常は、その原因である環境因子によって蓄積のされ方が異なり、異なる分子機序によって癌を誘導します。そのため、エピゲノム異常の理解を突き詰めていくことが、がんの成因を理解したり、最適な個別治療を決める上で重要になると考えられています。
出典
Clin Cancer Res (2010) 16 (1): 21–33. https://doi.org/10.1158/1078-0432.CCR-09-2006
Clin Cancer Res (2006) 12 (3): 989–995. https://doi.org/10.1158/1078-0432.CCR-05-2096