がん免疫療法コラム
融合遺伝子を標的としたがん治療
- はじめに
2019年6月に組織検体を用いたがん遺伝子パネル検査が、2021年には血液検体を用いたがん検査も可能となりました。それ以降、本邦でのがん遺伝子パネル検査の実施件数は増加傾向にあります。現在の保険適応は、標準治療がない固形がん患者で、がん遺伝子パネル検査後に化学療法が適応となり得る全身状態が保たれていることが条件になっています。
このように近年がんの薬物治療の分野では、個々の遺伝子変化に基づく治療開発が進められています。しかし、検出される融合遺伝子の大半は機能的意義が不明であり、新規の薬剤開発を含めた個別化医療の発展のためにはこれらの生物学的な特徴を理解する必要があります。
今回はがんの融合遺伝子について生物学的特徴やその検出、治療に向けた課題について解説します。
- がんにおける遺伝子融合が形成されるメカニズム
がんは様々な要因によりゲノム損傷の修復にかかわる機構が破綻しており、本質的に不安定なゲノムをもっています。遺伝子融合はこのようなゲノム不安定性を背景等して、典型的にはDNAの切断と、それに続く誤った再結合による染色体レベルのゲノム構造変化によって引き起こされます。ゲノム再編成は転座、逆位、重複、欠失の4つの基本となるメカニズムで構成されます。逆位、重複、欠失は単一の染色体内での一つまたは二つの隣接する遺伝子で起こるのに対し、転座は同一染色体内または異なる染色体間の離れたゲノム領域で生じる。これらの構造変化によって複数の遺伝子が連結することで、本来の機能が活性化または低下した異常な融合蛋白が生じます。
それぞれの代表例をあげておくと
転座―慢性骨髄性白血病のBCR-ABL1融合遺伝子
逆意―非小細胞肺癌のEML4-ALK融合遺伝子、KIF5B-RET融合遺伝子
重複―大腸癌のC2orf44-ALK融合遺伝子
欠失―前立腺癌のTMPRSS2-ERG融合遺伝子
が知られています。BCR-ABL1融合遺伝子にはチロシンキナーゼ阻害薬であるイマチニブが、ALK融合遺伝子陽性肺癌に対してはクリゾチニブやアレクチニブなど、それぞれの融合遺伝子に対する治療薬が開発されています。
- 今後の課題
近年のシーケンス技術の進歩によって、がんにおいてこれまでに100,000以上の融合遺伝子が報告されています。しかし、これらの中にはシーケンスエラーなども含まれていますし、全ての機能意義はわかっていないのが現状です。また、腫瘍形成に関与しないものも多く含まれるため、本当にがんの発生や進展に関与するか(ドライバー遺伝子)どうかの見極めが必要になります。このように病的意義のわかっていない融合遺伝子が多くあり、今後の研究課題となっています。
他方、多くのドライバー遺伝子はがん腫横断的に認められます。例えば、NTRK1/2/3融合遺伝子は非小細胞肺癌、乳癌、唾液腺癌など多数の臓器で検出されるが、多くのがん腫で数%と頻度が少ないことが知られています。このような有病率の低いドライバー遺伝子を有する患者に対していかに効率的に治療薬をデリバリーするかというのも今後の課題と考えられています。
参考文献:Jpn J Cancer Chemother 49(10):1030-1034, October, 2022