がん免疫療法コラム
がん免疫療法における細胞老化②-免疫細胞(T細胞)の老化について-
・概要
前回の記事では、一般的な細胞老化と腫瘍細胞との関係について、簡単に述べてきました。今回は、がん免疫と細胞老化の関係への導入として、免疫細胞の老化について説明します。まずは、免疫細胞のうちT細胞の老化について述べます。
・T細胞の老化
免疫細胞による腫瘍細胞や有害な非腫瘍細胞の除去には、異なる免疫細胞集団の相互協力が必要とされています。したがって、細胞老化により免疫細胞の増殖が抑制されると、腫瘍の増殖や進行を促進する可能性があります。特に、TおよびB細胞の機能は、加齢に伴って能力が低下することが示されており、実際に高齢のがん患者における自然な抗がん反応を低下させることがわかっています。これは、新規抗原に対する免疫応答の低下が要因と考えられています。さらに、慢性的な低レベルの炎症や、炎症を伴う癌などの加齢性疾患の発症につながることも示唆されています。
T細胞の機能不全は、疲弊、アレルギー、または老化の進展を通して起こると考えられています。T細胞の老化は、何度も繰り返される増殖、免疫系の機能低下の結果として、加齢とともに自然に起こるとされています。増殖による老化に関しては、テロメラーゼの活性が低下し、テロメアが短くなることにより生じますが、T細胞の老化は、高齢者によく見られるものの、T細胞が過剰に増殖した若年者にも見られることがあります。さらに、加齢に伴う胸腺の萎縮によって、機能的なナイーブCD4+およびCD8 T細胞の減少をもたらすことが知られています。加えて、加齢によりCD4+T細胞は寿命が長くなる一方で、増殖が低下して機能が低下することが示されています。これらのT細胞機能不全は、がん患者に発生する一般的な現象であり、抗腫瘍免疫反応の低下と関連しています。さらに、テロメアとは無関係に起こり得るDNA障害を介したT細胞の老化も、免疫機構の低下に寄与しています。また、MAPKシグナル伝達障害やSASP、オートファジー能力の低下等による細胞老化も、T細胞を老化させる要因として知られています。
・高齢者のがん患者におけるT細胞免疫応答
多くのタイプのがんにおいて、老化T細胞の存在は、悪性腫瘍および予後不良と関連しているとされています。実際、腫瘍浸潤性リンパ球はテロメアが短く、テロメラーゼ活性を欠いていることがわかっています。さらに、あまり研究されていないものの、腫瘍細胞自体がヒトT細胞に老化細胞のような表現型を誘導できることが示されています。老化したT細胞は、腫瘍微小環境における他の免疫細胞の活性を抑制し、さらに免疫抑制性を高めることもわかっています。特定のがん種として、最近、白血病、リンパ腫、多発性骨髄腫を含む様々な血液悪性腫瘍において、老化T細胞が増加することが示されています。慢性リンパ性白血病では、CD4+:CD8+ T細胞の比率が1未満の患者では、より多くの老齢化したようなCD8+ T細胞が存在し、予後は不良であったことがわかっています。さらに、老化細胞であれば陽性となる老化マーカーの発現と、化学療法に対する患者の反応性との間に相関関係があることも明らかになっています。
一方、固形腫瘍では、腫瘍細胞がT細胞の機能不全を引き起こすために使用する主要なメカニズムの1つは、腫瘍の微小環境において必須栄養素、特にグルコースを奪い合うこととされています。グルコース欠乏は、AMPK/p38 MAPKシグナリングを介したT細胞の老化を誘導することがわかっています。さらに、腫瘍細胞は、T細胞の老化を誘導する代謝物を産生することが示されています。加えて、腫瘍微小環境において、抗炎症性サイトカインの産生や栄養競合など、多くのメカニズムを介してT細胞の老化を促進することが知られています。しかしながら、T細胞の老化とがんとの間の相互作用については、まだ多くの不明な点があり、将来的な研究開発の発展が期待されています。
本稿では、T細胞の老化について述べました。個体の老化(加齢)だけでなく、T細胞の周囲の環境の変化による様々な要因によって引き起こされるT細胞の老化は、T細胞を介した免疫応答を低下させることが示唆されています。これらのことから、T細胞を利用するがん免疫療法は、個体が老化あるいはT細胞が老化していた場合では、期待された効果が発揮できない可能性があります。このようにして、免疫細胞の老化とがん免疫との間には関連性があることがわかっています。次回は、T細胞以外の免疫細胞の老化について述べていきます。
・参考文献
1. Int. J. Mol. Sci. 21, 4346 (2020)
2. Nature 566, 46-48 (2019)
3. Cancers 12, 2976 (2020)
4. 領域融合レビュー, 7, e005 (2018)