がん免疫療法コラム
BCGのさまざまな働き
■BCG接種の日本での歴史
BCGと言えば、いろいろな思い出がある方も多いのではないでしょうか?
実はこのBCG、日本では、1951~2003年まではツベルクリン反応試験というものをまず行い、それで陰性になるとBCGの接種を行うという決まりでした。2003年までは長い間、小中学生でも接種をしていましたが、2003年以後、4歳未満のみになり、2005年から生後6ヶ月以内の1回接種、2013年からは1歳未満での1回接種となっています。
ツベルクリン陽性が懐かしいとか、BCGのスタンプ式の接種(冒頭イラスト)が恐ろしかったという方もいらっしゃるでしょう。BCG 接種は、この冒頭のイラストのように9針のスタンプを用いて行われています。このような方法は経皮接種法と呼ばれるもので、日本では1967年からこの接種方法を採用しています。
もっとも、2005年以降は赤ちゃんの接種のみなので、実際の接種時のことは覚えていない方も増えていると思います。親御さんは赤ちゃんの泣き叫ぶ姿に心配だったかもしれませんね。
ところで、最近、コロナウイルスに関連してBCG接種が一定の効果があるのではないかという報道があり、BCGが注目を集めています。実はBCGはがん治療とも関連があります。そこで、今回はBCGについて取り上げたいと思います。
■BCGとは?
BCGとは、Bacille de Calmette et Guérin の略です。実は、BCGのB、すなわちBacilleは桿菌(棒状ないし円筒状の菌)という意味、カルメットとゲランはフランスの細菌学者の名前。つまり、BCGとはフランス語でカルメット・ゲラン桿菌という細菌の名前なのです。
そもそもBCGは結核予防のために行われているものです。結核菌にはいろいろな種類がありますが、ウシで発症するウシ型結核菌を13年間も培養してつくられたのがBCGのもとになる菌です。これはヒトに対する毒性がほとんどありません。そして、1921年に乳児結核症に対して効果があることが確認されたのがBCG接種の始まりです。
結核というと日本では誰でも名前は聞いたことのある病気です。それを予防するBCG接種も全世界的に統一的に行われていそうなものですが、実は、イタリアやスペインなど欧米の国では近年BCG接種を行っていない国が少なくありません。また、各国で接種されているBCG菌株は国ごとに違うのです。
そして、コロナウイルスでは重症化においてイタリアやスペインなどと日本などとで大きな違いが見られます。こうした観点から、BCG接種の有無やBCG菌株の違いがコロナウイルスへの抵抗性と何らかの相関関係を持つのではないかというのが、最近BCGが注目されている理由です。
■BCGと免疫との関係
ところで、BCGは免疫系に対してどのように作用するのでしょうか。
実は結核菌は細菌ですが、感染した相手の細胞の中で増殖します。具体的には免疫細胞の一種であるマクロファージの中で増殖するのです。
マクロファージはこのコラムでもよく登場します。外部から入ってきた異物などを貪食する細胞です。通常は異物を小胞(ファゴソーム)に取り込み、取り込んだ異物を含むファゴソームをリソソームという消化機能を持つ細胞内小器官と融合させて破壊します(Vol.61参照)。結核菌もマクロファージにより貪食されますが、ファゴソームとリソソームとの融合を妨げる性質を持っており、マクロファージの内部で増殖できます。
もっとも、健康体ではマクロファージごと免疫機能が結核菌を封じ込めるため結核は必ずしも発症しません。特にBCGはヒトにほぼ無害です。しかし、免疫機能は働いており、この際にT細胞が感作され記憶細胞として残るわけです(Vol.63参照)。
コロナウイルスに対してどのような機序で抵抗性が生まれるのか、そもそもそのような抵抗性が実際にあるのかは不明ですが、こうした免疫機能の流れが関係している可能性はあります。
■BCGとがん治療との関係
ところで、BCGはがん治療でも使われています。この場合、冒頭にあげた経皮接種法ではなく、菌としてのBCGを生理食塩水に溶解して、尿道から膀胱へと注入する膀胱内注入療法です。膀胱がんの中でも筋層非浸潤性がんや上皮内がんに対して行われる方法です。
その作用機序は明確ではありませんが、基本的には免疫機能が関与しているものと考えられています。BCGのさまざまな働きが期待されているわけです。
参考文献
- 松岡由希子「BCGワクチンの効果を検証する動きが広がる 新型コロナウイルス拡大防止に」『Newsweek日本版』2020年3月31日 https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2020/03/bcg.php
- 厚生労働者「結核とBCGワクチンに関するQ&A」(2020年4月2日閲覧) https://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/kekkaku-kansenshou/bcg/index.html
- 瀧井猛将, 林大介, 山本三郎, 「結核ワクチンの新しい展開」『ファルマシア』 2013年 49巻 3号 p.206-210, doi:10.14894/faruawpsj.49.3_206。
- 橋本達一郎, 「BCGによる結核予防接種」『結核』 1982年 57巻 6号 p.329-334, 日本結核病学会, doi:10.11400/kekkaku1923.57.329。
- 戸井田一郎, 「BCGの歴史:過去の研究から何を学ぶべきか (PDF) 」『呼吸器疾患 結核資料と展望』No.48 p.15-40. 2004年, NAID 10029298336, (財団法人結核予防会結核研究所)
- 日本癌治療学会「膀胱癌:患者さんの手引きESMO 診療ガイドラインに基づいた患者さん向け情報」(2020年4月2日閲覧) http://www.jsco.or.jp/guide/user_data/upload/File/167/bladder.pdf
- 日本結核・非結核性抗酸菌症学会『結核症の基礎知識(改訂第 4 版)』「結核症の発生病理」 https://www.kekkaku.gr.jp/books-basic/pdf/1.pdf