がん免疫療法コラム
制御性T細胞とがん微小環境 【細胞の発見と免疫寛容】 《Part.1》
以前より何度か制御性T細胞(以下、Treg「読み方:ティー・レグ」)という用語が本コラムに登場しましたが、これがどういう免疫細胞なのかについて今回取り上げてみたいと思います。2回に分け、Tregの発見や基本的な働きと共に、がん微小循環内での働きについても併せて見ていきます。
◆Tregの発見
Tregは、大阪大学特任教授の坂口志文氏によって発見されました。その表面にはCD25という細胞表面分子(CD)が発現しており、これがTregであることを示す目印になっています。坂口氏はCD25をTregの存在を裏付けるマーカーとして、1995年に”Journal of Immunology”に発表しました。
「制御性T細胞」という用語については、2000年に「Cell」という雑誌の中で、その細胞の詳細を紹介する際に用いられたのが初めてです。そこからTregは研究者の間で徐々に注目を集めるようになり、以下に示す「免疫寛容」というシステムを理解する上で重要な役割を担うこと、今では「がん免疫療法」発展の鍵を握っているともいえる存在にまでなっています。
◆Tregと免疫寛容
Vol.30で「免疫寛容」とTregの関係についてごく簡単に紹介しましたが、ここではもう少し詳しくご説明します。
生体内では自己を守るために大量のT細胞が作られていますが、その中に異物ではなく、自己を攻撃してしまうものが含まれています。これを放って置くわけにはいきませんので、それらの自己を攻撃する細胞を排除するシステムが必要となります。このシステムを「免疫寛容」と呼びます。
T細胞が産生される「胸腺」という部位でT細胞が選択にかけられ、出来の悪いものが予め排除されます。ところが、ここでの排除は完全ではないため、排除を逃れてしまう細胞がいるのです。しかし、人体は周到で、それらの細胞を排除または不活性化するシステムを備えています。
つまり「免疫寛容」は二段構えのシステムになっています。そして、この二段階目のシステムの一旦を担っているのがTregです。免疫の働きが行き過ぎてしまった場合などに、Tregが免疫の働きを止めるという役割を担っています。また、活性化したT細胞のブレーキ役にもなっており、免疫の働きを一定に保つための重要な役割も果たしています。
実はこのTreg、1995年に発表された当初はあまり注目されませんでした。Tregの発見以前に「抑制性T細胞」というTregとよく似た細胞が提唱され、話題を集めていました。
しかし、最終的にこの細胞にはTregの存在を裏付けたCD25のようなマーカーが見つからず、その存在に疑義がかけられ、免疫の世界では免疫を抑制する細胞の存在には否定的なムードが広がっていました。そのような状況下でTregの論文が発表されたので、査読を行うエディターに受けは良くありませんでした。
ところが、一人のエディターが自身の研究室の研究員に、論文に書かれた内容を再現できるか実験を命じました。これが見事に再現されたため、Tregは世に出るだけでなく、そのエディターからも強力な支持を得る事にもつながりました。科学研究において「再現性」の大切さを改めて思い起こさせるエピソードです。
参考文献
- 岸本忠光, 中嶋彰, 第2章 制御性T細胞の物語, 免疫が挑むがんと難病, 講談社
- Neil Canavan, がん免疫療法の誕生,第20章 制御性T細胞を発見, メディカル・サイエンス・インターナショナル
- 坂口志文, ゆらぐ自己と非自己―制御性T細胞の発見, JT生命誌研究館 http://brh.co.jp/s_library/interview/89/
- JBスクエア, 自己免疫疾患, 第1回 免疫寛容とは? https://www.jbpo.or.jp/med/jb_square/autoimmune/immunology/im01/01.php